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北海道増毛町。
暑寒別岳の麓に広がる扇状地に位置し、山々からミネラル豊富で良質な水が流れ、日本海からの潮風、一日の寒暖差が上質な果物を生み出すという好条件に恵まれており、明治のはじめころから果樹栽培が盛んだったと言われいます。
さくらんぼ、プラム、ぶどう、洋梨など、季節に応じいろいろな果物が栽培されている増毛町ですが、やはり外せないのはなんと言ってもりんごでしょう。
この企画のイメージが話題に上がった際、是非とも行ってみたいと浮かんでいたところがありました。幸運にも候補地としてリストアップされていたことを知り、ワクワクしたことを覚えています。そして取材OKのお返事をいただけた時にはとても嬉しい気持ちでいっぱいになりました。
いざ増毛へ!盆地に住むわたし達は、普段見慣れない「海」を視界に捉えた瞬間、思わず歓声を上げ、うきうきしっぱなしで車を走らせていました。
街を背に国道231号沿いの通称「りんご回廊」を目指します。まず目に飛び込んでくるのは真っ赤なりんごのモニュメント。その向かいには町内の果樹園が示された大きなマップがお出迎え、もちろんりんごの形をしています。
果樹園が立ち並ぶ通りには、たくさんのりんごがひしめき合うように実をつけ、まさに鈴なりで枝をしならせ、数え切れないほどの赤い果実が輝いていました。
しかし車を降りてびっくり。訪れたこの日、沖には白波がさざめき、吹き付ける海風はとても優しいとは言えず、強く激しいものだったのです。
堀井拓哉さん、暁さんご夫妻がこの地に移り住んだのは2004年。
札幌の大学を卒業後、カナダ・アルバータ州に留学されていた拓哉さんは、カナダのリンゴ農園がシードルを作り、レストランや宿泊施設を営み、農作物や製品の販売もするという多角的な経営スタイルや、スケールが大きく豊かな生き方に感銘を受け「こんな風にやってみたい。」と思ったそうです。
実は拓哉さんには、リンゴ農園を営んでいたお祖母様が残してくれた土地が、この増毛町にありました。
敷地自体は離農のため更地となっていましたが、近隣には多くの果樹園があり、材料となるりんごは豊富に入手可能、それならばチャレンジできるのではないか、と一念発起されたそうです。
しかしそれは文字通りゼロからのスタート。
拓哉さんも暁さんも、りんご栽培はもちろん、醸造の技術を身につけなくてはならず、まずは醸造所の立ち上げのために奔走するところから始まります。
小規模シードル製造のさきがけである長野県の小布施ワイナリーに足を運び、醸造免許取得に関するお話を聞きに行ったり、北海道ワインで一年間、ぶどうワイン作りに携わり、拓哉さんは果実酒醸造のいろはを学びました。
帰国した時点で拓哉さんが思い描いていたシードル、それは「日本のシードル」であること。各国の伝統的なシードルを真似るものではなく、この土地ならではの個性を活かし、少量生産で品質を大事にすること。そんな確固たるビジョンをお持ちの拓哉さんが選んだのは、全て国産の機材でした。
破砕機、圧縮機、発酵タンクも日本国内のメーカーで作られたものを採用し、少人数で稼働できるような醸造サイクルや、添加物必要最小限におさえた醸造方法を確立していき、自分の手で生み出したい上質なりんご酒のイメージを見事に体現されました。
現在、自家農園1.6ヘクタールの敷地に、りんご(旭、つがる、紅玉、ハックナイン)140本、さくらんぼ15本、プルーン15本を栽培なさっています。
ここ数年は道内でも醸造用果実の栽培や、特区などで果実酒醸造が推奨されかなり盛んになっており、酒造免許が下りる件数も増えていますが、堀井さんご夫妻が取り組まれていた折には、とても大変な作業だったそうで、
りんこ栽培とシードルの開発を手掛けつつ行っていた醸造免許の取得には5年ほど要したといいます。
増毛フルーツワイナリーでは実に多様な品種をブレンドし、醸造をしています。
収穫時期の異なる、その時々のりんごを集めていますが、この土地ならではのあまり聞き慣れない品種もたくさんあり、拓哉さんのセンスが光る個性が生まれています。
暑寒別区でわりと多く栽培されているのがスターキングデリシャス、北海道ならではの品種、ハックナイン。
わたし達にも馴染み深い、ふじ、紅玉、こうりん、などなど、たくさんありますが、特に香りが高く拓哉さんが注目しているのが「旭」というりんごです。自家農園でも7割ほどを占め、強いアロマの中に酸味もあり、シードルにとても適した品種だということです。
同じりんごでも年によって香りや風味も異なり、そしてブレンドによって生み出される旨味も年ごとに変わっていく、それが拓哉さんのシードルの魅力。まさに、一期一会の味わいです。
販売されている増毛のシードルは3種類。
発酵期間によってアルコール度数や味わいが異なる、甘口、中口、辛口があります。時期によっては発泡、発泡なしとそれぞれ選ぶこともできます。
拓哉さんのシードルづくりは丁寧、丹念、という言葉がびったり。
「出来る限り自分で考える」ということをモットーに、収穫から追熟を経て、糖化が進む2月の厳寒期、鮮度を保つために大切な果汁絞り作業を行います。ちょうどこれからがその作業のピーク。
皮ごとすりつぶすところから始まる絞りから発酵までにもとても時間をかけます。加糖はせず、着色料なし、ガスの吹込みはまったくありません。自然の力、天然の香り、すべてがりんごのハーモニーを引き出す手法で、いつも新しい味わいを楽しんでもらえるように、と挑戦し続け、手間を惜しみません。
「増毛のりんごがもつ美味しさをそのまま表現するには、この製法以外考えられない」と語る拓哉さんの言葉通り、一本一本に深い愛と情熱がぎっしりつまったシードルが誕生するのです。
一年に一度、増毛産のパートレットを用いて作られるスパークリングワイン、増毛ポワールも大変人気で、すぐに売り切れてしまうほど、ちょうど12月から販売となりましたが、実は期間限定のこの増毛ポワールが、わたしがこちらのファンになったきっかけなのです。
出会いは8年ほど前、仕事終わりにひとりで立ち寄るワインバーで、いつものようにグラスシャンパーニュをオーダーした時、お世話になっているソムリエさんが勧めてくれたのが「増毛ポワール」でした。
洋梨のスパークリングワインを頂くことが初めてで、まずはうっとりするような香りに癒やされ、きめ細かい泡の口当たりの良さ、近郊で採れた果汁を醸したというその溌剌と豊かな味わい、爽やかさに感動したことをハッキリと記憶しています。
以来、出会うと必ず飲むことにしていますが、こうして作っていらっしゃる方とお話できる機会恵まれたことに、心から感謝しています。
さらに希少なのは、デザートワインである、ポム・スクレ。
現在入手可能なのは 増毛シードル ポム・スクレ2018で、スターキングデリシャス、ハックナイン、ふじ、北斗、紅玉、旭、ゴールデンメロンといった7種類のりんごがブレンドされています。
これらの果汁を一旦凍結して水分を飛ばし、6分の1ほどの量まで凝縮させ醸していくという、なんとも贅沢なリンゴのワインです。
すこしとろみのある黄金の液体は蜜のような輝きを放ち、上品な香りが立ち上ります。
そっと口に含んでみるとわずかな量でも濃厚な旨味と甘味が一気に口の中を占領してくれます。そしてその甘さは強く感じるようでありながら、実に軽やかに広がり、いつまでも心地よい余韻が残って行く印象。一般的にデザートワインは名前の通り食後に選ばれることが多いですが、ぶどうのデザートワインと同様、ポム・スクレも料理のソースや、スイーツの香り付けに使うことができ、抜栓してからもゆっくりじっくり楽しむことができる貴重な一本だといえます。
この地に根を下ろし、ひとつひとつ積み重ね17年目を迎える堀井さんご夫妻は、地元近隣の果樹園とのつながりもとても大切にされており、みなさんから持ち込まれたりんごの果汁加工なども行っています。
また、かつて増毛町で人気であった増毛エビス飲料の炭酸飲料、ホームシトロンやメロンシトロンを復刻したりと、地域に根ざした生産者であり、製造者であり、販売者としてなくてはならない存在です。
お祖母様の土地にお二人が自ら植えたりんごの樹々も大きく育ち、たくさんの実をつけるようになりました。収穫前のこの樹々に囲まれていると、ここが更地だったということを忘れてしまいそうなほどです。
お祖母様の離農が決まり、増毛町の土地をどうするのかということを決める際、拓哉さんは中学生だったそうです。
それは畑を手放すのか、そうでないのか、二者択一の大事な決断でした。
札幌で暮らしていた堀井家の長であるお父様は、この畑をどうしたいか、お前は長男だから、と意見を聞いてくれ、一緒に考える機会を設けてくれたといいます。
幼い頃「おばあちゃんのりんご畑」で遊んだ楽しい記憶はもちろんありました。ただ、その時はあまり意識もしていたわけでもなく、はっきりと覚えていないものの「手放さない」という思いが拓哉さんの中に生まれたといいます。そして、その気持ちをお父様は尊重してくださったのです。
離農した以上そのままにはできないため、りんごの樹々を切って一旦更地にはしましたが、売り払うことはせず、土地の維持を決めてくれ、以来大切に守ってくれていたのだそうです。
留学先からこの地での創業、その決意をお父様に告げたとき、ある意味での運命を感じた、拓哉さんはそう述懐します。
お祖母様は拓哉さんがこの土地に戻ってくることを知っていたのかもしれません。
「ま、ここに帰ってきた、とはいっても、住み始めたのはそれが初めてですけれどね。」と軽やかに微笑む拓哉さんに、引き寄せられた縁のようなものを、そして、お祖母様のお心が、拓哉さんと暁さんを包んでくれている、そんな気がしてなりませんでした。
拓哉さんの次なる目標は、アップルブランデーの蒸留。
コニャックやカルヴァドスというと、やはり本場はフランス・ノルマンディー地方。日本でもまだ小規模で手掛けているところはそう多くありません。ハネ品や傷もののりんごを上手に使って、有効活用していきたいという新たなチャレンジ、拓哉さんの手にかかればきっと、ここだけの味がまたひとつ誕生することでしょう。その日が待ち遠しくてなりません。
「りんごのお酒を飲んだことがない方は、気軽に試していただきたいと思います。」と拓哉さん。
増毛フルーツワイナリーで販売されているシードル、ワインのラベルはすべて、拓哉さんがデザインし、暁さんが色々とイメージを伝えながらおふたりで納得の行くよう作っていらっしゃいます。
スタイリッシュな中にあたたかみを感じるデザインは目を引き、思わず手に取りたくなる親しみやすさ。
フレッシュさが素晴らしいシードルはどんなお料理にもよくあい、気分に合わせて甘さを選ぶことができるところが大きな魅力で、食前、食中、食後いずれも楽しめ、ハーフボトル程の量が飲み切るのにも丁度いい(人によりますがw)ということもあり、贈り物やお土産にもとてもおすすめです。
北海道で唯一のシードル専門酒造、増毛フルーツワイナリー。
オンリーワンの味わいを、是非、くらしの中に取り入れてみてください。
増毛ポワール 2020
内容量 330ml
アルコール分 3.5%
品種 パートレット
香りが高く、きめ細やかな泡立ちと酸味のバランスがとても心地よいスパークリングワイン。フルーティで梨の風味がとても爽やか、自然な甘さが感じられ、どんなお料理にも合わせやすい味わい。
増毛フルーツワイナリー
〒077-0216 北海道増毛郡増毛町暑寒沢184-2
TEL&FAX 0164-53-1668