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地図で見ると上川町のおとなりになる北見。
オホーツクエリアでは置戸町や網走市など、いくつかの地域でワイン用のぶどう栽培がされていますが、この北見市では2019年、2020年と続けて2軒のワイナリーが製造をはじめました。
今回お邪魔したのは、端野町緋牛内にあるボス.アグリ.ワイナリー。
代表の深田英明さんと、このワイナリーの屋号にもなった愛犬ボスがナビゲーターです。
こちらは2ヘクタールほどのぶどう畑におよそ5,000本、生食用もあわせ主に6品種を栽培しています。この日はちょうどシャルドネの剪定作業を行っているところ。従業員の方、ご家族の皆さん総出で行っていました。
愛らしく出迎えてくれた二代目ボス8歳。とても愛想がよく人懐こいため番犬要素はゼロのキュートなコーギー。深田さんといつも一緒で、寝るときもずっとそばにいるそうです。
深田さんはもともと酪農業を営んでおられ、2013年に一念発起し、ぶどう栽培へ転向されました。
きっかけはなんでしたか?という月並みな質問にもおどけて答えてくれ、「いい物語があれば、と思うんだけと、実はそういうのもなくて、なんとなくかなぁ」と照れくさそうに笑います。
もともとは可愛いお孫さんにぶどうを食べさせてあげたいという思いから軽い気持ちで生食用を植えてみたのがはじまりで、最初に植えたぶどうはキャンベル、ナイアガラでしたが、ぶどう栽培やワイン造りに於いて北海道で一番の歴史を持つ池田町を訪れた際、樹々が整然と並ぶ壮観さに見惚れ、こんなふうにやってみたい、この景色を自分で手掛けてみたいと強く思ったのだそうです。
深田さんの牧場は北側に小高い山を持ち、南に向かって下っていく牧草地は日当たりが良いのですが、もし酪農を引退したならば、畑として借り手がつくとは思えない傾斜のきつい箇所もある土地で、それならば自分で本格的にぶどうを植えてみようか、と思い至りました。
そうと決まれば!と、農林水産省から独自品種として認定されている山幸・清舞といった苗木を池田町から取り寄せ、早速ぶどう栽培スタート。
この二種は山ぶどうとセイベル13053をかけ合わせた十勝のオリジナル品種。
特に山幸は、国際ブドウ・ワイン機構(OIV、フランス)から「Yamasachi」として品種登録されたばかり。日本産のワイン原料用ブドウでは山梨県の「甲州」「マスカット・ベーリーA」に次いで3品種目となり、今後の国際舞台での活躍、評価が大いに期待されるぶどうです。
山幸・清舞はいずれも凍害に強いため、オホーツクエリアでも十分に越冬が出来るだろうと見込んでの選択ですが、現在はピノ・ノワールやシャルドネの栽培にも果敢に挑戦されています。
ワイン造りに関しては、自作のぶどう100%で醸すことを第一の目標とした深田さんは着々とクリアし、2018年までベリーベリーファーム&仁木ワイナリー(仁木町)にて委託醸造し、2019年は一足先に免許を取得されたお隣のインフィールドワイナリー(次回ご紹介します!)にて委託醸造されていました。
そして、2020年、念願の免許を取得され、遂に醸造もすべてが自社で行えるという環境を実現なさったのです。許可が下りたのは2020年10月13日、その知らせが届いた記念すべき日の午後には収穫を行い、すぐに仕込みに入りました。本格的な収穫は10月17日頃から開始となりましたが、この時期で自宅待機や休業が増えていたとある航空会社の方が30数名ほどボランティアとして収穫に参加し、それはとても細やかやな作業をしてくださったそうで、大切に集められた果実が真新しいワイナリーに運び込まれました。
この後も販売でお付き合いのあるスーパーチェーンのスタッフさんをはじめとした多くのボランテイアが集まり、2020年度の収穫をすべて無事に終えられました。
収量は6トンを超え、3300〜3400リットルほどの果汁を搾ることができたそうです。
深田さんはいつも除梗機を使わず、すべて手作業。丁寧に除梗して醸造に入ります。特に山幸、清舞といったぶどうは、山ぶどうを親に持つこともあり、茎などからエグみが出やすい品種。味に雑味を残さぬよう慎重に作業を進めるため、大変な手間と時間がかかります。豊作だったという昨年度の糖度にはわずかに一歩及びませんでしたが、それでも質の良い状態には変わりなく、待望の初醸造にふさわしいぶどうがたくさん実りました。
豊作な中で、今季はデザートワインなどにも挑戦した深田さん。
取材に訪れた11月には、収穫・選別した山幸を小屋で陰干し、扇風機で乾かしている真っ最中。干しぶどうから造られるワインはフランスやイタリアの一部地域で造られていますが、水分をある程度蒸発させた状態を搾って仕込んでいくため、凝縮した果汁から濃厚で味わいのワインが生まれます。棚のすみっこのぶどうを味見をさせてもらうと、さらにドライな状態に変化してからの仕込みがとても楽しみな、豊かな甘さと風味でした。
清舞はアイスワイン用に追熟中。鳥よけも兼ね、動物たちが手を出さないようネットを掛けて大切に守っています。この日は風が強かったせいで、樹から落ちてしまう果実もあったほど。
実はこの美しい清舞、こうしてみると元気に実っていますが、春の遅霜にあたってしまい、5月の中旬に一番芽が枯れてしまったのだそうです。二番以降の芽では糖度が思うように上がらないのではないか、という懸念から、それならばアイスワインにしてみては、ということになったそうです。素晴らしい発想の転換です。こちらもお言葉に甘えて試食。香りも甘く、齧った種の渋みも嫌な強さはなく、皮までおいしくいただきました。清舞はもともと果皮が厚い品種だそうですが、霜に当たって少しずつ柔らかくなってきているそうです。しばれを繰り返すごとに柔らかさと甘みを増し、2020年の年末にはアイスワインに適した状態で収穫できるだろう、ということでした。
他のワイナリーでも耳にした話題でしたが、やはりこちらでも収穫前の果実を狙って、スズメバチなどが現れ、熟したぶどうを味わっていったそうですが、ぶどうを夢中で吸っているハチの胴体をハサミでまっぷたつ切って駆除されるそうです。なんとダイナミック…!慣れてくると意外と誰でもでき、ぶどう栽培ではよくあることのようですが、やはり驚いてしまいました。(危険ですので不慣れな大人や、良い子は真似しないでください!)
鳥や蜂だけでなく、ぶどう畑にやってくる近所の動物にも困っておられるだろうとお伺いしたところ「うちの畑に来るたぬきは意外にお行儀がいいんだよ。」と深田さん。
あちこちの樹を食べ散らかすのではなく、一つのぶどうに手を付けたら、翌日その残りをそっと食べて帰るのだそうです。害には変わりないのですが感心なたぬきだと、愉快そうに話す優しい深田さんにつられ、わたしも大笑いしてしまいました。
完成したばかりの醸造所の前で待っていてくれたボス。今回はこの連載で初めて、建物の中に入れてもらうことができました。扉が開き、足を踏み入れた瞬間、香りの層にふわーっと体を包みこまれたような感覚、それだけで気分が高揚します。
清潔に整えられたタンクには葡萄の品種や組み合わせ、色々な仕込み方を示すアルファベットが書かれ、航空会社のみなさんが手除梗したというぶどうが730キロずつ、ふたつのタンクに収められています。
搾り方の強さなどで色を変化させた果汁を発酵中で、その他にもロゼワイン、スパークリングワインなど、こんなに近くで見せていただけるのも、発酵中の音を聴かせていただくのも、初めての経験でした(ピチピチとなんとも愛らしい小さな音でした)。
深田さんのワイン造りは、より多くの方に北見100%のワインを楽しんでもらいたい、という理念のもと、野生酵母だけでなく必要に応じて乾燥酵母を用いたりと、馴染みやすい仕上がりをイメージされています。ラベルも深田さんが考案したものをもとに設えています。特徴的な名前の由来は、敷地内にご自身で植えられた20本ほどの桜が満開を迎える春、実に美しい景色を見せること、その彩りと咲き誇る花の姿にご自身の夢とを重ね「桜夢雫」と名付けたそうです。今年からはすべてが自社醸造に切り替わることもあり、エチケットのデザインに変化をもたせたい、と朗らかに語ってくださいました。
本格的なワイン造りに携わる前の深田さんは、ワイン好きの幼馴染にちょっと教わるくらいで、まずはビール、次は焼酎、ということが多かったそうですが、栽培を始めてからは日常的にワインを召し上がるようになったそうです。やはりフランスワインやイタリアワインはうまいよね、とおっしゃる深田さんですが、こういったワインは果たして北見でできるのだろうか?と思いながら、ご自身のワインの味わいを模索し続けています。努力を惜しまず、道内各所のワイナリーにも足を運ばれたり、熱心に試飲をして味を確かめていらっしゃるそうです。その中で、特に気に入った好みの味わいがみつかると、嬉しい気持ちになるとのことでした。
様々な検査機器や器具の説明をしてくださっている際、ふと表情を緩め「冗談半分ではじめたようなことに、こんなに夢中になり、この年になってたくさん新しいことを勉強するとは思っていなかったよ。」と照れくさそうに語る深田さん。酪農家として第一線で活躍してこられたバックボーンがあるとはいえ、研究熱心なところや探究心の強さが、本当にお人柄とともに、にじみ出ていらっしゃると感じました。少年の眼差しが垣間見え、きらきらしたものを纏っていらっしゃいます。こんな大人になれたら、と思いました。
楽しいおしゃべりをしながら過ごす時間はあっという間。次にご案内いただいた直営ショップは、まるで絵本に出てきそうな佇まい。中に入るとまず目に飛び込んできたのは木彫りの熊!そして咥えているのはワイン!?このギャップに思わず目を奪われます(そして笑いを生む)。まさかのワインラックとして鎮座している熊ですが、こちらはご親族の方が営まれていた民芸店から譲り受けたもので「ちょうど口のところにワインがぴったりなんだ」と遊び心いっぱいの深田さんならでは、無邪気なアイディアが!
店内には訪れた有名人との記念写真やサインが飾られており、とてもアットホームな雰囲気。こちらでも来訪者との様々なエピソードを聞かせてくださいました。
人気のため完売しているワインもありますが、お話し上手な深田さんに相談しながら選びたい方には、直営ショップでのお買い物が断然おすすめです。ネットショップや通信販売はありませんが、問い合わせがあれば対応してくれるとのことで、気になる方はまずはお電話してみては。
桜夢雫シリーズは旭川近郊で購入することは残念ながら難しいのですが、こちらの直売所をはじめ、オホーツクエリアではアークスグループと、系列のスーパーや酒店で購入することができます。またふるさと納税の返礼品としても取り扱いがあるので、気になる方はお問い合わせを。現在販売されている数種類での飲み比べも楽しめます。オホーツクの厳しい寒さに打ち勝ったワインを是非とも試してみてください。
ボス・アグリ・ワイナリーの敷地はとても広く、一部圃場はお隣のワイナリーにも貸し出していますが、家族のために作ったピザ窯や、お孫さんのために設えた遊具もあって、ちょっとした公園のような素敵なスペースです。今年度は自社で醸したワインを片手に、お客様が喜んでくれるような収穫祭やイベントをやりたい、ということで、その企画が今から楽しみでなりません。
「ぶどうの増殖はしない。この土地でより質を高め、理想のワインを作っていきたい。次世代にバトンを渡せたら幸せ。」と、穏やかな笑顔で語ってくださった深田さん。
深田さんの新たな物語はまだ序章に過ぎません。夢の実現、その先の先まで、さらに一歩前へ進まれていくことでしょう。
次の桜が咲く頃、深田さんご自慢の花々をボスと共に愛でながら、桜夢雫で乾杯。
交わした約束を果たすため必ずまた訪れたい、その日が今から楽しみです。
桜夢雫 山幸 750ml
南向きの畑で育った、北見産清ぶどう100%
真心を込めてぶどうを収穫し、丁寧に不良粒を取り除きました。
山ぶどう譲りの草木系の香りと、力強い酸味を持つワインです。
優しいワイン作りにこだわっているため、添加物は最小限。
瓶に詰められてからも熟成が進み、その風味は絶えず変化しています。
時間の経過とともに、味わいの変化をお楽しみいただける一品です。