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Lohasやサスティナブル、といったキーワードが生活に浸透するようになって久しいですが、ワイン業界ではかねてより、自然派ワインやナチュラルワインが注目を集めています。国によって呼び方は様々ですが、いわゆるオーガニックワイン、というジャンルは安心ということだけでなく味わいでも人気で、EUをはじめとした欧州各国では公的な専門認証機関によって、毎年厳しい基準監査をクリアしたものにのみ称することを認められているものとなります。
オーガニックワインの定義は、有機農法=ビオロジック農法、人と環境に配慮した栽培法を用いる事、つまり薬や肥料などにおいて化学的なものを使わず、遺伝子操作や放射線処理をせずに栽培したぶどうででつくられたもの。EUでは2012年より醸造過程の規定も設けられることになりました。このオーガニックワインの中でも更に自然に回帰していくビオディナミ農法が取り入れられるようになったのは1980年代、フランスのロワール地方の畑が最初だったといいます。
オーストリアの人智学者ルドルフ・シュタイナーが提唱する理論に基づいて生まれ、土壌や植物、生物から、天体の動きを反映したビオディナミ農法。畑の環境はすべての要素が相互に影響しあい、外部からの作用や、動植物の活動を含め他自然の力を調和させることで良好になる、という考えで、ビオディナミでは農場全体をひとつの生命体と捉え、月の満ち欠けや宇宙のリズムを活かし、天体の運行に合わせた播種(はしゅ)カレンダーに基づき栽培を行います。薬品・化学肥料を用いない代わりに、自然由来の調合剤(プレパラート)を用います。病気や害虫に対するアプローチも慣行栽培とは異なり、病原菌を退治するというよりは、病気とは何かしらのバランスが崩れたサインと捉え、対症療法として調合材を利用するのではなく、様々な天体の作用を土に呼び込むことで、自然が本来持つ力の活性化を促していき、結果、病気から回復しているというスタイルです。シュタイナーの哲学が基盤となっており、月の周期が生物に及ぼす影響や、宇宙・超自然の霊的世界といった大きな枠組みで捉える点から、スピリチュアルな印象を持つ方もいらっしゃるかもしれませんが、調和のとれた生命条件を創り出すことで、自然に回帰するという、とても地球環境に優しい農法であるといえます。ワインに馴染みのない方でもご存知であろう、ワイン界の帝王と名高い「ロマネ・コンティ」や、世界最高峰の醸造家と呼ばれるマダム・ルロワ氏もビオディナミを取り入れ、妥協しないワインづくりに取り組んでいることで知られています。その農法を実践している、北海道で唯一のワインがあると聞きつけ、上富良野の圃場を訪問しました。
カミフラノイ農場・トミハラヴィンヤードは、環境保全型農業に挑戦しているアグリシステムが運営しています。十勝エリアで小麦や大豆をはじめとした農産物を手掛け、帯広市内にて自然食品店や、有機JAS認証を取得したパン屋を手掛けている企業で、オーガニック製品を生産するお仲間とのネットワークも広く、イベントや講演会など精力的に活動されています。特に小麦においてはパンのプロジェクトが活発で、ベーカリーとしてオーガニック小麦やフードを用いるだけでなく、店舗自体が有機JAS認証(製造工程からすべて)規格に沿ったものであり、ひとつひとつに認証マークがついているという、北海道内でもほかに類を見ない取り組みをされています。
アグリシステムでは雑穀集荷も行っており、契約している農家が栽培した作物を集荷、検査選別して企業に卸したり、自社での製品作りも行います。また追肥のタイミング、堆肥の作り方、殺菌の手法、といった一般栽培の指導も行っており、土壌契約している農家は全道で500件、十勝を中心に富良野や道央圏など広範囲に渡りますが、その9割方は一般栽培(慣行農業)というのが現状で、有機栽培は1割に満たない程にとどまっているのだそうです。アグリシステムは有機栽培を実践するために立ち上げた会社であり、どう広めていくのかが課題でした。冒頭でも触れましたが、ワイン用原料のぶどうに於いては、フランスなど欧州中心に、またチリなどのニューワールドと呼ばれるエリアにもビオディナミが定着してきており、オーガニックワインそのもののシェアが増加傾向。そこで、ビオディナミが認知、浸透していくのはぶどうではないか?オーガニックワイン=ぶどうを栽培を通し、ビオディナミのワインを作っていくことで、小麦や大豆といった作物の有機栽培も、より広がりを期待できるのではないか、更に、北海道がぶどうに適した気候になってきた、という変化がきっかけとなりました。しかし十勝エリアで栽培できる品種は限られ、雪が極端に少ない中でも寒さは厳しいという気候条件は、ヨーロッパ品種に向きません。ぶどうの定植地を探していたところで、上富良野町の圃場と出会いました。一番最初にぶどう畑を購入して栽培を始めましたが、その後、圃場の持ち主の離農にあたり他の畑も買ってくれないか、という申し出から、そちらも購入したのだそうです。
今回お話を伺ったのは、ワイン事業リーダーの遠藤智樹さん(写真左)と、前職がフレンチシェフでソムリエでもある浜田和也さん(写真右)。有機JAS認証を取得しているこちらの圃場では、ぶどう栽培7年目を迎えます。トカプチ農場は東5線の丘陵地にあるトミハラヴィンヤードと、日の出公園そばに圃場があり、2021年度は深山峠近くには3箇所目となる圃場で定植が始まり、将来的にはぶどうだけで15ヘクタールになる予定です。その他、小麦、大豆、お米、にんにくの栽培も行っており、全体の耕作面積はなんと150ヘクタールにも及びます。広大な畑は6人で管理、作物毎に担当分けを行い、遠藤さんはその総括担当、浜田さんはぶどう担当です。この数年はビオディナミ農法を行い、できるだけ人の手を加えない畑というのをモットーに、自然のバランスを整え、病気を出さないような自然環境作りを実践しており、追肥も除草剤・殺菌剤も使用していません。そのおかげで、これだけの面積の畑における作業量としては、どの作物も作業コストが大幅に低いのだといいます。
遠藤さんは十勝出身で、上富良野の圃場とサロベツの圃場を行き来していますが、ビオディナミのスタイルは、慣行農家と比べるとむしろ楽、という実感があると語ってくださいました。広さが増すに連れ、農場全体として持続可能であるかを目指す中での矛盾が生まれることもあるそうで、例えば、土壌の硬盤層をいかに抜くことを考えている中で、面積的に大きなトラクターを入れる必要性がでてくる場合、その作業で新たな硬盤層を生んでしまう、といった事象。経済的なことはもちろんありますが、その畑、その土地にあった収量というものがあることをふまえ、循環していることを大前提に栽培品種を選定しています。
トミハラヴィンヤードに定植しているぶどうは山幸を主体に、小公子、そして試験的に栽培しているピノ・ノワールの3品種。山幸は垣根仕立てとともに、下垂仕立て方式を採用しています。山幸は山葡萄の血を引くため耐寒性が高く凍害になりにくいということから、雪の中に埋めずに越冬が可能です。その性質を利用し、こちらではワイヤーを地表から160cmほどの高い位置に張り、地面からの高さを確保して育てています。高い位置で主枝が成長していくことにより、結実するぶどうの位置も高くなり、小動物からの食害の影響が受けにくくなります。また地面から1m毎に気温が1℃上がると言われるように、下垂仕立てにすることで、春先の遅霜などから新芽の被害を防ぐ利点もあるのです。今季、果実自体はネットで囲ったこともあり食害は少なかったそうですが、育苗の方では多くの新芽を動物達に食べられてしまったそうです。一番多いのはうさぎで、お米も大豆も食べてしまうそう。あらいぐまも同様に困った動物です。秋に試験栽培で植えた苗は、すぐに被害に遭ってしまったといいます。様々な対策を取られてもいますが、畑を取り巻く生態系のひとつと捉え、同じ環境に住まう彼らと共生しています。この環境だからこそ力強く、生命力に溢れたぶどうが実り、独自のテロワールを表すワインが生まれるのだといいます。
今回はビオディナミの特徴ともいえる調合剤(プレパラート)を拝見することができました。500番から508番まで9種ありますが、牛の角や腸、鹿の膀胱にたんぽぽや牛糞を詰めて土の中に寝かせたものや、植物を乾燥させたものなど、すべてが自然の素材で作られ、それぞれに目的が異なるのだそうです。播種カレンダーに則って調合剤を水と撹拌し、満月など天体の動きに合わせ人の手で畑に撒かれますが、調合剤に蓄えられた力が水に移り、その水が土壌を強め、伝播した力が天体からの作用を大地に呼び込むことで、微生物の活性化がなされ、バランスの取れた、その土地のあるべき姿になっていくのだそうです。
お二方とも農法のみならずシュタイナー教育も含め広く学ばれているそうで、日常生活の中でも人智学をものさしに、占星術などを意識されています。いろいろな分野があるため、すべてを実践するというのはなかなか難しい…とのことですが、本来の食物のあり方、生命のあり方など日々勉強に励まれていらっしゃいます。
現在3年目となる醸造は岩見沢市の10Rワイナリーで行っています。山幸100%で赤の醸し、初リリース時は200本、2018年は382本で、ヴァンナチュールファンに大変好評でした。待望の2019年は、先日2月10日にリリースされたばかり。熟成12ヶ月程を経て1600本が瓶詰めされました。2019年は天候に恵まれ、糖度が高く凝縮した健全なぶどうが育ちました。香りが独特な山幸ですが、天然酵母のためか、血を引くセイベルの性質がより前面に出ており、酸味はシャープでほどよいタンニンがある仕上がりだそうです。
2018年は余韻があまり繋がってこなかった点が課題でしたが、造りを変えてみた結果、2019年は香り華やかで且つ野性味もあり、フレッシュ感を楽しめるワインになったといいます。2020年度は山幸と小公子をどういう仕込みにしていけばいいか模索し、従来通りの醸しに加え、ボージョレ・ヌーヴォーと同じ造り方であるマセラシオン・カルボニックなども採用しました。いちごジャムのような印象のかわいらしい味わいで、同じ葡萄でもこんなに変わるかという発見を得ることができたそうです。また、ビオディナミのぶどうに適したクヴェヴリ製法にも挑戦中とのこと。クヴェヴリとは丸い大きな壷、その中で発酵させるというスタイルは、世界最古のワイン産地のひとつといわれているコーカサス地方の小国ジョージアの伝統製法として2013年にユネスコ無形文化遺産に登録されたもの。今後も色々と試していきたいと話しています。
2018年も数年寝かすとおもしろくなりそうな予感をがあり、香りの華やかさが落ち着いてくるとどうなるのだろうかという期待が生まれます。ワインは経年変化を見てみたくなるものであり、年数を経てみないとわからないからこそ、待つ楽しみもひとつ、ということを改めて感じました。
ソムリエでもある浜田さんは、冷涼な地域のスッキリときれいな酸のあるワインがお好みで、今後は山幸と分けて白ぶどうも試してみたいとお考えです。難しいとされるヨーロッパ品種、ソーヴィニヨンブランに憧れがありますが、地域に向かない品種を無理に作るのではなく、土地にあったものをみつけ、自然な状態で収穫できる品種を増やしていきたいと意欲を燃やします。同一品種で増やすと収穫のタイミングが重なってしまうため、違う品種で検討していかないといけないことや、山幸の栽培が順調で、困る病気も出ていないことや、ヨーロッパ品種を入れることで病気が出てしまうリスクもあるため、どの品種を採用するかといった迷いも生まれますが、新たに選定するヨーロッパ品種でビオディナミ農法を実践し、成功することができたら、より多く、より広く、ビオディナミが認められるのかな、という期待もあります。一般的なぶどう栽培から比べるとおよそ3分の1くらいの作業量で、収量は倍になるくらい収穫があるという、農業の本来の形を継続しつつ、少しずつ試していく中で、この地に合う品種を絞っていきたいと、未来の希望を感じさせてくださいました。
「レラ・カント」と名付けられたワインは、アイヌ語で天空の風、という意味をもちます。トミハラヴィンヤードはその名の通り心地よい風の吹く南西斜面の小高い丘。上富良野農場に吹き下ろす風と風化溶岩の土が育んだワインにふさわしい、とても美しい名前です。エチケットはシュタイナー教育ではおなじみのにじみ絵で描かれ、穏やかであたたかなデザインになっています。帯広市内のショップ(https://www.natural-coco.jp)に昨年11月に新設されたナチュールワイン(自然派ワイン)専門の酒店にて購入が可能で、通信販売も現在準備中です。ご興味のある方は是非お問合せしてみてください。
2023年には日の出公園付近の十勝岳とラベンダーが見える場所にワイナリーを設立予定で、現在その準備をしながら今後は十勝本別町でも定植を進めていくとのこと。本別と上富良野でワイナリーを分けようかという話も出ている検討段階だそうで、テロワールを意識した小さな醸造所が二箇所!誕生する日も間近かもしれません(往復する遠藤さんは更に大変になりそう)。これまでの連載でもブルース・ガットラヴ氏に学んだ方々と出会いに恵まれてきましたが、「ブルースチルドレン」と呼ばれる10Rワイナリーで研鑽を積まれた醸造家がいかに多いか、ということをあらためて知りました。
委託醸造をされている方や、ブルース氏を師と仰ぐみなさんは、収穫後11月末まで岩見沢に通われたり、泊まり込んで、多種多様なぶどうに触れる機会を得ます。「ああいう場があるお陰で、訪れるたびに、集う方々と情報交換ができるという点も大きな魅力。」と遠藤さんは語ります。北海道のワイナリーはこれからますます進化を遂げ、質を上げていくのだろうと確信します。みなさんが委託醸造を卒業される前に、10Rワイナリーを訪れてみたいと強く思いました。
2021年4月より、北海道大学大学院にワインに特化した講座が開設されます。その名も「北海道ワインのヌーヴェルヴァーグ研究室」。農業分野だけでなく、観光業も含め、多くの可能性を持つワイン造りが更に注目を集め、盛んになっていくことでしょう。あらゆる面でのプロフェッショナル、人材育成も急務と言えるかもしれません。気候の変動もあり、北海道で栽培可能な品種は増加している印象ですが、現地呼称制度ができたこともあり、北海道の中でもフランスのテロワール同様、産地における特徴分けが進んでいくと、より面白くなることでしょう。ワインと相性抜群のチーズも、北海道では各地で盛んに造られている特産品です。チーズ工房もワイン同様、地域で独自の魅力を放つ日がくるのも近いかもしれない、遠藤さんのお話にとても納得させられ、そんな日が早く来てほしいものだと、わくわくしています。
ビオディナミという個性、ワインを通じ、ぶどう栽培を通じて、極力人の手を加えず、省コストで健全なぶどう作っていくという環境に配慮した循環型の農法を、より多くのみなさんに知ってもらい、自然との調和が取れたぶどうの力や、テロワールを感じることができるワインの味わいを是非楽しんでもらいたい、お二方の熱意はレラ・カントの風のようにわたしたちに新しい気づきを与えてくれる、そんな気がしてなりません。
様々な種類の植物や昆虫が棲み、それを食べに来るカエルや鳥が集まり、たぬきやエゾシカも遊びに来るこのトミハラヴィンヤード。雪が溶け、新緑が濃くなり動物たちでにぎやかな頃、是非圃場のお手伝いで再訪したいと思います。
2019レラ・カント
山幸100% 野生酵母 亜硫酸無添加 無濾過 清澄剤不使用
アルコール度数11% 750ml
香りは華やかで赤バラ・牡丹の花やオリエンタルなスパイス、グリーン香、カシス香などが感じられる。色調は紫がかったブラックチェリーで非常に濃い濃淡。粘性は優しくさらりとした口当たり、フレッシュな酸とシャープなタンニンがあり塩味も感じられる。
トカプチ株式会社 カミフラノイ農場
上富良野町東5線北22号 0167-45-1212
http://www.agrisystem.co.jp