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あれから10年も経ったの?という驚き。前作の記憶が鮮やかに残っていて、とても10年も経ったとは思えない。ピアース・ブロスナンが老人の役をやっているという衝撃があったのに、それからさらに10年も経過したとは。
本作は前作の10年後の世界を描きながら、ドナと三人の男たちの若いころの物語も並行して描く。そのため前作の主要な登場人物たちの若いころが描かれるわけだが、そのキャスティングが見事だ。もちろん別人が演じているのだけれど、この人が年を取ってこうなりました、ということにあまり違和感がない。特にターニャとロージーは本人の若いころがそのまま登場したかのような印象を受ける。
前作同様、ドナとソフィの母娘の物語だが、ドナのキャラクタが強すぎてソフィはかすみ気味だ。しかしソフィを演じているアマンダ・セイフライドの澄んだ声は圧倒的な魅力を持っていて、ひとたび歌い出すと存在感溢れる強力な俳優たちを抑えてシーンを支配する。前作でも吹き替えなしで本人が歌っていることが話題になったが、彼女の歌は歌手としても通用するぐらい魅力的だ。
エンディングはキャスト総出のカーテンコールのようなショーになっていて必見だ。(映画ライター・ケン坊)
ケン坊がさらに語る!WEB限定おまけコラム
この記事には映画のネタバレが少々含まれているので、まだ映画を見ていない人はその点をご承知おきの上で読んでください。
本作は前作の10年後、ドナ亡き後その遺志を継いでホテルをオープンするソフィと、前作よりも前の、若き日のドナを並行して描くというスタイルになっている。若きドナの時間軸では、前作の主要なキャラクタたちが皆若い姿で登場する。もちろん別の俳優が演じているのだが、なかなかうまい配役だ。男性陣は年を取って大きく変わってしまったという解釈で許容できる程度に似ているだけだが、女性の方の、特にターニャとロージーのコンビは本人なんじゃないかと思うほどそっくりだ。ドナはすでに死んでいるので現在の登場シーンは少なく、若き日の状態で登場する方が多い。これはメリル・ストリープがあまり見られないことを意味していて少し寂しいものの、周囲の人々を描くことでドナの存在感は却って浮彫になっている。
ソフィの澄み渡る歌は健在で、ひとたび歌い始めるとまばゆいばかりの光を放つ。ただ、やはりソフィはドナと比べるとごく普通の感覚の持ち主で、ドナほど強烈な人物ではない。終盤のパーティシーンではソフィのおばあさん、つまりドナのお母さんという人が登場する。この人物をシェールが演じていて、登場した瞬間から抑えようのない存在感をスクリーンいっぱいに発揮する。彼女が歌うシーンはド迫力でまさに圧巻。このおばあさんの娘がドナで、その娘がソフィだということを考えると、やはりソフィはごくまともな感覚だ。そうなってくるとソフィのお父さんは…。お父さん候補が三人いて本当のお父さんは誰かわからない、というのが前作から続くこの物語の核だが、ソフィの性格を見ているとなんとなく想像できるような気もする。
ラストではソフィに男の子が誕生する。これが娘だったり、そのお父さん候補が何人もいたりするとさらに続く物語になったような気もするが、ソフィの夫はちゃんと帰ってくるし、一人しかいない。ドナの奔放な物語はここでゆっくりと幕を下ろしたと言えそうだ。