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デイリリーに半生を捧げてきた園芸屋のおじいさん。時代はネット通販全盛。古い方法の商売が通用しなくなって店をたたむことに。おじいさんは90歳だからもう隠居したって良さそうなものなのに、あまりにも家族を顧みずに仕事一筋でやってきた彼は家族の中に帰ることができない。生涯現役。働かねば生きていかれない。そしておじいさんに転がり込んできたお仕事は麻薬の運び屋だった、というものすごいお話。さらにすごいことに、このおじいさんが運び屋として並ではない働きを見せる。普通の運び屋が数キロ単位で運ぶのに対し、このおじいさんは百キロ単位のブツを運ぶ。文字通りケタ違いだ。鼻で笑ってしまいそうなウソみたいなお話。そしてウソみたいなお話によくあるように、これも実話をもとにした話なのだ。
これは麻薬の運び屋というちょっと馴染みの薄い仕事について描いたお仕事映画でも、凄腕の運び屋となった爺さんとそれを追う警察のスリリングなサスペンスでもない。描かれているのは仕事一筋に生きてきたおじいさんが90歳にして自身の半生を反省するお話。何年生きても最期の瞬間まで学ぶことはあるのだなあと思うとともに、自分の生き方も反省したくなる作品だ。(映画ライター・ケン坊)
ケン坊がさらに語る!WEB限定おまけコラム
この記事には映画のネタバレが少々含まれているので、まだ映画を見ていない人はその点をご承知おきの上で読んでください。
元退役軍人のおじいさんが園芸屋になり、園芸屋として成功を収める。しかし盛者必衰。IT化の波には乗れず、店をたたむことになってしまう。このおじいさんは園芸屋として全米を車で走り回り、一度も違反キップを切られたことがないというセーフドライバー。このドライバーとしての腕を買われて彼のところに転がってきた仕事が麻薬の運び屋だった。本来90歳にもなればとっくに隠居していても良いわけだが、このおじいさんは園芸屋時代に家族をほったらかしすぎたせいで帰る場所がないのだった。運び屋をやって大金を得れば少しでもその埋め合わせができるのではないか。きっとそんな思惑もあったことだろう。麻薬を運んで得た金を使ってこのおじいさんは家族や友人など周囲の人達を助けて回る。長く生きてきて経験も豊富なおじいさんは麻薬組織の中でも愛される。当初毛嫌いしていた人までもが彼の人柄に触れて柔和になっていく。その様子が実にあっさりと描かれる。おじいさんは90歳になって麻薬の運び屋をしながら自分の生きてきた道は間違いだらけだったことに気づく。それは後悔などという言葉では片付けられないほど深い悔恨である。物語の終盤、彼がなにもかも間違っていたと思い始めたところで、巨大な仕事と妻の危篤が同時に降り掛かってくる。彼はどちらを選ぶのか。
見終えて去来したものは、見る前に想像していたものとは大きく異なるものだった。エンドロールで音楽を聞きながら脳裏にいろいろなシーンが思い出される。登場人物のうち、何人がこのおじいさんに心を寄せたのだろう。彼は本当に多くの人を魅了した。誰もが彼を愛した。妻も最期に彼を赦した。彼女もまた彼を愛していたのだ。それなのに彼に残ったのは悔恨だけだった。彼は逮捕後の裁判で、争わずに有罪を受け入れる。普通に裁判を戦えば酌量の余地は大いにあったろう。それをしなかったのは、彼は罰を受けることでしか自らの人生を贖罪できなかったからだ。どこまでも哀しい物語。ラストシーンで、刑務所で花を植えるおじいさんが幸せそうな顔をするのが救いだ。結局彼は花に生涯を捧げた人だったのである。