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平成が終わって令和になった。思いのほか、元号を書く機会が減っていることに気づいた。令和元年は略記するとR1で、乳酸菌飲料みたいだ。消費税が上がった。思いのほか、税率のことは気にしていなかったことに気づいた。年末になって振り返ってみると大きな出来事がいくつかあったけれど、私の側はあくまで通常運転であった。相変わらず映画を見た。どんな映画もみんな楽しく見た。そんな令和元年の作品を振り返ってみたい。
01 じっくり楽しめる映画
ゆっくりと腰を据えてじっくりと物語を楽しむ。そういう映画を求めている人にお勧めしたい作品が『ライ麦畑の反逆児 ひとりぼっちのサリンジャー』だ。これは個人的には今年のベストと言っても良いぐらいの作品だった。タイトルから想像されるように、J.D.サリンジャーの伝記映画である。サリンジャーはもちろん「ライ麦畑でつかまえて」を書いたサリンジャーだ。本作はサリンジャーが小説を書き始めてから隠遁生活を始めるまでの間、つまり作家活動をしていた期間のことを描いた伝記である。音楽方面での『ボヘミアン・ラプソディ』や『ロケットマン』などと似たような趣旨の作品だが、扱っているのが作家なのでずっと静かな、ともすれば地味なものに仕上がっている。これを見ると、サリンジャーはやはりホールデンだったのだなということがわかる。そして今一度作品を読み返してみようと思えるのだ。
もう一本、『女王陛下のお気に入り』もお勧めしたい。日本版では「英国版”大奥”」というキャッチコピーがついていたけれど、もうこのキャッチが言い得て妙。まさに大奥。戦時下の英国王室を舞台に、貴族の感覚のズレを批判的なまなざしで笑いに変えて切り取っていく。英国のお話だからコーヒーよりも紅茶が合いそうだ、と紅茶など飲みながら見ていると、主要登場人物である女性三人が三人とも劇中でゲロを吐いたりするから油断ならない。
02 あれも続編 これも続編
今年も続編やリメイク、スピンオフなどが多かった。毎年「続編が多い」と感じるのでもうこのぐらいが標準なのだと思うけれど、公開された作品のリストを眺めるとその多さに少々呆れる。
これまで作られた続編を否定した「正統な」続編らしい『ターミネーター:ニューフェイト』あたりを見ると、正統であるかどうかは問題ではない気がする。主要キャストが老体に鞭打って登場してもそこにはノスタルジー以外の何もない。そもそもターミネーターって老いるのか…?
とはいえそんな続編乱立の中で注目したいものもいくつかある。『ミスター・ガラス』はなんと『アンブレイカブル』の続編。一応間に『スプリット』という作品があったけれど、『スプリット』は終盤で『アンブレイカブル』とのつながりが少し匂わされただけだった。思えばあれはこの『ミスター・ガラス』のための布石だったのだろう。フィクションと現実の境界線を曖昧にしていくテーマを独特の視点で描くシャマラン監督の手腕に舌を巻く。
『ジョーカー』はスピンオフ作品ということになるだろうけれど、特異な人物を丁寧に掘り下げて描いてあり、時代に即した重いテーマをしっかり描いた見事な作品だった。これは今年最も重要な作品だったと言っても過言ではないかもしれない。
スピンオフと言えば度肝を抜かれた『名探偵ピカチュウ』も忘れられない。リアルピカチュウのキモチワルさと斬新なキャラづけは、ポケモンのスピンオフとしてこういう形があり得たのかという驚きと戸惑いをくれる。なんなんだこれはと思いながら見て、なんだったんだこれはという感想を持つ。
『ワイルド・スピード/スーパーコンボ』はもはやホブスとデッカード二人の話になってしまい、ドミニク・ファミリーは誰も登場しない。このシリーズは過去にもまるで違う人物による全然関係なさそうな話になったことがあり、当初からなんでもありだ。ホブスとデッカードの罵りあいは捧腹絶倒なので必ず吹き替え版で見ていただきたい。
その他挙げきれないほどの続編リメイクスピンオフがあり、年末には40年も続いたシリーズの終幕である『スター・ウォーズ スカイウォーカーの夜明け』とギネスにも載るほど続いたシリーズの『男はつらいよ お帰り 寅さん』が公開される。まだまだ続編ブームは続きそうだ。
03 おとなしかったSF
SF好きな私はやはりどうしてもSFに注目するのだけれど、今年はあまり強い作品がなかった。今年のSF作品というと本紙でも紹介した『アド・アストラ』。これとイメージビジュアルがそっくりな『ファースト・マン』の方はSFではない。月に降り立った最初の人類であるニール・アームストロングの伝記である。SFではないけれどSFファンにもお勧めしたい。
超メジャーな『マトリックス』に主演し、最近は『ジョン・ウィック』シリーズで活躍しているキアヌ・リーヴス。不思議なことにキアヌがその他の作品に出るとものすごくマイナー感が出る。『レプリカズ』はそんなキアヌが主演したSF作品で、例にもれずものすごいマイナー感が満ちている。ごく簡単に言うと人間の意識を機械に転送してコピーを作る、というような話で、終盤まではだいたい予想通りにことが運ぶ。しかしラストのまとめ方は斬新だった。まさかそんな終わり方?という驚きに満ちている。「驚きのラスト」とかいうことを一切言わないのもまた良い。ただ、この作品はSFとしては致命的なほどSF考証的なところがスカスカなので、そういうのが気になる人にはお勧めできない。
「驚きのラスト」と言えば「ラスト一秒でひっくり返る」と謳った『HELLO WORLD』。アニメ映画でストーリーはしっかりSF。けっこう普段からSF小説を読んでいるようなSFファンが楽しめるタイプのSFに仕上がっている。この作品、おそらく本来こういうものを見たがる人のところに届いていない気がするので、フィリップ・ディックやグレッグ・イーガンといった名前にピンとくる人はぜひチェックしてほしい。
意外な方向のものとして『ハイ・ライフ』も紹介しておきたい。この映画、面白いかと聞かれたら「面白くない」と答えそうだ。「ブラックホールを調査しにいく宇宙船」という密室内で極限状態におかれた人間たちが次第に狂っていくという話なのだけれど、低予算だということが一目見てわかる。低予算ゆえに工夫された絵はたくさん登場し、部分的に取り出すとアート映画のような心地よさがある。まったく共感できないストーリー、理解不能な設定、穴だらけの脚本。なのに妙な美しさがある。
04 キラリと光る邦画
最近の邦画はメジャー作品ほど似たようなものが多い。不治の病系と異様な恋愛ものが目に付いて、それだけで「またか」と思ってしまう。そんな中で異色だったのは『劇場版 ファイナルファンタジーXIV 光のお父さん』。劇場版のファイナルファンタジーと言われて多くの人が想像するものとまったく違う。この映画はオンラインゲームである「ファイナルファンタジーXIV」をプレイしているプレイヤーの側を描いたものなのだ。ゲームの映画化でこういう方向のものというのはあまり記憶にない。お父さん役は今おそらく日本一のお父さん俳優、吉田鋼太郎。ゲームに対して否定的な視点を持っている人はこの映画を見ると考えが変わるかもしれない。しかしそういう人はきっとこの映画を見ないだろう。
今年もたくさんの映画に出会った。増税で映画も高くなってしまったけれど、まだまだ来年も映画を見まくることでしょう。では皆さん、良いお年を!
column 映画ライター・ケン坊