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- ⓒ2020「あの頃。」製作委員会
仲間。同好の士。共鳴し、衝突し、多くの時間を共に過ごす友。「推し」をきっかけに職業も地位も年齢も関係なく集まった不思議な仲間たち。この作品に描かれている「あの頃」は、その世界をよく知る者にとってきわめてリアルで熱く、懐かしいものであろう。メインカルチャーを席捲する勢いで一世を風靡したアイドル文化とそれを支えたオタクたちのアングラな世界。まさに「あの頃」のアイドル文化の底にあった空気が匂い立つようなリアリティで描かれている。
しかし、いったいなぜ今この題材なのか。そしてこれは誰に向けた、どのようなメッセージなのか。
この作品のリアリティはおそらく当時この領域の周辺に暮らしていた人にしか感じられないだろう。描かれている世界は極めてリアルだが、そもそもこの現実を知っている人の方が少数派のような気がする。それを15年後の現在で映画化することの意図はどのあたりにあるのだろうか。このような話を松坂桃李主演で映画にして、いったいどこへ届けるつもりなのだろうか。
多くの人は、作中で描かれるイベント同様、この映画自体についても、よくわからない内輪ノリを見せられているという印象を受けるような気がする。(映画ライター・ケン坊)
ケン坊がさらに語る!WEB限定おまけコラム
この記事には映画のネタバレが少々含まれているので、まだ映画を見ていない人はその点をご承知おきの上で読んでください。
音楽を志してバンド活動をしていたものの、バイトに追われて目的を見失いつつある主人公。ある時、友人が勧めてくれた松浦亜弥のDVDに元気をもらい、彼女のファンになる。そして松浦亜弥のファンになったことが、同じくハロプロ(ハロープロジェクト)系のアイドルを「推す」ファンたちとのつながりをくれ、彼はどっぷりとその世界に入っていく。
この作品はそういう、かなり特殊な世界を描いている。奇しくも筆者はこれに近い領域にいて、ハロプロファンの人たちとも交流があったので、この作品に描かれている世界には親しみがある。登場人物はどれも、実際に知っている誰かに似ている。人物設定や周辺で起こる出来事にもリアリティがあるし、彼らの住んでいる部屋はまさに当時からそのまま持ってきたようだ。あぁ、こんな風だったなぁ、と感じる。懐かしい楽曲が流れ、往年のアイドル達の声が響く。
この映画自体がもっとアングラな作品であれば、この内容はまさに、我々のような層に向けられたものとして見られたであろう。しかし松坂桃李主演のメジャー作品としてこれが出てくると、これはいったいどこへ向けて作られたものなのだろうかという点が気になり始める。この作品を、当時のアイドルシーンにまったく興味を持っていない人が見たらどのように見えるのだろうか。アイドルに熱を上げている少々おかしく見える大人たちに共感を覚えるだろうか。それとも「キモい」と感じるのだろうか。
当時、ハロプロを筆頭とする少女アイドルのシーンは、超メジャー級の世界で展開されながら極めてアングラなファン文化を生むという特殊な状況にあった。その後ハロプロ自体が勢いを失い、代わりにAKB等の大群系が登場し、ファン層の持つ空気も変化していった。今この作品が当時のアイドルオタクたちの生きざまを描いて見せ、不思議とそれに隣接していたインディーズ音楽シーンのライブハウス文化などを垣間見せることで、いったい何を訴えようとしているのだろう。そこに参加していた人々の郷愁を誘うのは間違いないが、そこに留まってしまうのではないか。
映画は劇中で主人公たちが何度も歌った楽曲のオリジナル版を、死の床にある人物が病床で聞いているシーンで幕となる。彼はきっとこの歌を聞きながら死んでいったのであろう。同時に、見ていた私たちのノスタルジーも埋葬される。「卒業」という区切りで終わりを迎えられなかった想いの残滓を閉じるための映画なのかもしれない。