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- ⓒ2020「騙し絵の牙」製作委員会
面白いですか?日常が。お仕事が。面白いと感じること、日頃探していますか?
この作品では、「面白い」というのが重要なキーワードになっている。とことん面白さを追求する編集長の速水。周到に用意されたいくつもの罠。それぞれの思惑や陰謀。出し抜こうとして罠にはまり、はまったと見せかけてもっと大きな罠を仕掛ける。出版社を舞台に繰り広げられるドラマだが、緻密に作り込まれた脚本で実に面白い。次々に繰り出される嘘とその種明かし。驚きっぱなしでラストシーンを迎える。
守りに入るのは「面白くない」。だから攻める。速水はそういう理屈で常に面白さを追い求めて動いていく。一見無茶苦茶でありながら実は周到で、無謀みたいな決断の裏には根回しがあり、二手三手先を読んでコマを動かしている。文字通りの策士なのだ。果たして策士速水、策に溺れることになるのか?
速水役の大泉洋をはじめ、出版社の幹部には佐野史郎、佐藤浩市など錚々たる顔ぶれが並ぶ。文芸評論家として登場する小林聡美も出演シーンは少ないのに圧倒的存在感を放っている。名優揃い踏みで繰り広げられる騙し合いバトル。最後に笑うのはいったい誰か。
ぜひ映画館でご覧いただきたい。(映画ライター・ケン坊)
ケン坊がさらに語る!WEB限定おまけコラム
この記事には映画のネタバレが少々含まれているので、まだ映画を見ていない人はその点をご承知おきの上で読んでください。
予告編の作り方が憎い。日頃映画館へ足を運んでいる人は予告編をご覧になったかもしれないが、この映画、予告編を見ておいてから映画を見ると、予告編にも「騙され」ていたことが判明する。憎い。
企業を舞台に繰り広げられる出し抜きバトル。思惑の異なる勢力が裏をかき合って出し抜き合う。主演が大泉洋ということでコメディテイストではあるものの、出版業界の衰退という、それなりに重いテーマも内包している。騙し合い自体が面白いため、もっと表層に描かれている出版不況という問題に目が行きづらいけれど、描かれているテーマはリアルでけっこう笑えない。
映画としてもどちらかというとこのテーマを掘り下げるというよりは騙し合いの方に主眼をおいて構成されており、その決着を見て着地する。しかし、作中で描かれた伝統ある文芸誌の休刊という事態がその後どうなったのか、そこは描かれていない。大手出版社の文芸誌とは全く異なる形の「出版」の可能性が描かれてエンディングとなるため、やはり文芸誌の時代は終わったという着地なのかもしれない。
この作品はもちろんフィクションであるけれども、文芸誌を取り巻く事情はおそらく現実からそう遠くないだろう。今、文芸誌はかなり売り上げを落としていると想像される。今のところ五大文芸誌と呼ばれている雑誌はどれも月刊で存続してはいるものの、もはやほとんど利益を上げていないのではないかという気がする。この映画で描かれているように、出版社のお荷物と化していく(あるいは既に化している)可能性も否定できない。
一方で文芸誌が文学という分野において担っている役割は軽くなく、ここに描かれたように歴史ある文芸誌が休刊するという事態が起きれば、やはり文学のあり方自体に大きな変革が訪れることになるだろう。
騙し合いドラマとして心地よく騙されながらカラッと笑える作品ではあるけれど、出版業界の抱える問題を思うと後味はあまり軽くもない。