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- ⓒ2021「鹿の王」製作委員会
ファンタジックな世界を舞台に、政治的思惑に疫病の流行が絡むという物語。疫病やそれに立ち向かう医者を描いていることで、どうしてもあまり遠い世界の話という感じはしない。疫病以上にそれを過剰に恐れる人々が混乱のもとになるというのは他人事ではない。もともと普遍的なテーマが時事性を帯び、作品に新たなメッセージ性を持たせている。
メインキャラクタの声優としての俳優の起用が素晴らしい。可能であれば誰が声優をやっているのか知らないまま見ていただきたい。かく言うわたしはぜんぜん知らないまま鑑賞し、エンドロールでキャスティングを見てぶったまげた。どの人も見事としか言えない。
ストーリーにもビジュアルにも派手さはないのだが、日本のアニメーション映画として最高峰の作画スタッフを配してこそ実現された映像はとても高品質だ。惜しむらくはほとんど大河ドラマとも言うべき原作が2時間程度の単発劇場版に収められているので、どうしても小さくまとまっている印象は受けてしまうし、各所描き切れていないもどかしさも無くはない。ただそれでも「絵が動く」というアニメーションの根源的な楽しさを存分に味わえる作品と言える。(映画ライター・ケン坊)
ケン坊がさらに語る!WEB限定おまけコラム
この記事には映画のネタバレが少々含まれているので、まだ映画を見ていない人はその点をご承知おきの上で読んでください。
架空の民族、国家の存在する世界を描いたある種のファンタジー。二つの勢力の争いを描いているが、片方の民族しか罹らない疫病が登場し、虐げられた民族の呪いだ、といった話になったりする。そこへ病が呪いなどであるはずがない、と言って片方の民族にだけ罹る理由を探ろうとする医師が挑む。この作品の原作はまだコロナがどうこうといった騒ぎになるよりもはるか以前に書かれたものなのだが、疫病に伴って流布する陰謀論であったり、恐怖に基づく差別であったりと、今の私たちから見ると「さもありなん」と思うようなことが既に描かれている。本作はコロナ禍の現在においてこの作品が訴え得るテーマをしっかり描いていて、作品がもともと持っていた普遍性にその時事性が加わって、今だからこそ響く内容にまとまっている。また、その疫病に対抗する抗体についても、食物連鎖によって得られるという描き方がされている。直接の抗体となる成分は植物に含まれ、それを食べる動物の乳を人が飲むことで免疫を得ている、という描き方になっている。そして迷信的な文言で動物の乳を飲まない民族が疫病に侵される。こうした話はおそらく作者が原作を書いた時以上に、現在の方が実感として響きやすいのではないだろうか。
ただ、主人公は本来とてつもなく強い男なのだが、彼の強さを見せるようなアクションはほとんど無い。もちろん作品が見せたいものがそういうところにはないというのがその理由なのだが、これによってどうしても派手さの薄い作品になってしまったのは否めない。極めて質の高いアニメーション作品なのでぜひその素晴らしさを体感してもらいたいのだが。