内容のー部もしくは全部が変更されてる可能性もありますので、あらかじめご了承ください。
- ⓒ2022「異動辞令は音楽隊!」製作委員会
前時代的タフガイ刑事が警察音楽隊に転属になる。その主人公を阿部寛が演じるということでコメディを想像していたのだが、意外にも笑いの要素は少ない。
個人的な話になるが、私は幼い頃、警察や消防の音楽隊をよく見に行った。マーチングバンドに憧れ、吹奏楽をやるきっかけにもなった。のちに加入した地域の吹奏楽団には自衛隊の音楽隊に所属しているという「プロ」の方もいた。私にとってはそんな華やかな警察音楽隊なのだが、本作ではほとんど左遷先、場末の部署として描かれている。
これまでの社会人経験のすべてを否定されるような異動辞令を受けた主人公。プライベートでも離婚しており、仕事一筋に打ち込んできた挙句、仕事も家族も失った状態にある。時代とともに価値観は移ろい、常識は新たな常識で上書きされ、かつての常識は非常識となった。価値観の転覆という一大事に適応できなかった主人公。笑えない。でもどんな境遇に置かれても彼は投げ出さない。耐え難きを耐え、受け入れ難きを受け入れて、公私の様々な出来事を糧に前進していく。そんな彼が叩き出すビートに思わず体を揺らす。
置かれた場所で咲く。それは決して簡単なことではない。(映画ライター・ケン坊)
ケン坊がさらに語る!WEB限定おまけコラム
この記事には映画のネタバレが少々含まれているので、まだ映画を見ていない人はその点をご承知おきの上で読んでください。
おそらく現代を描いた作品だが時代性を混乱させるようなモチーフが数多く登場する。あえてリアリティから離れることでフィクション性を強調する意図があるのかもしれない。警察組織としてのリアリティ、犯罪捜査のリアリティなどから遠ざかることで、「人間」そのものを強調する。
音楽隊が左遷先として描かれており、さらにまったくやる気のないメンバーで構成されていて当然ながら演奏レベルも低い。しかし本来警察音楽隊というのはこれほど気の抜けた集団ではないはずで、演奏もキレがあり、さすがと思わせるような楽団であるはずだ。本作はそういうスペシャルな音楽隊だと意図した話にならないため、全体的にリアリティから遠ざかる演出になっているのかもしれない。
意外にもコメディっぽさはほとんどなく、全体的に中年男の悲哀をまっすぐに描いている。こういう人物は価値観が固着していてなかなか自分を柔軟に変化させられないのだが、本作の主人公は離婚した妻について行った娘との交流を通して価値観をアップデートしていく。アップデートというよりも再インストールに近い。これが出来なくて生きづらくなる中高年は少なくない。彼にしても娘がいて、なおかつ彼女がバンドをやっていたことが大きくプラスになっただろう。音を重ねてセッションすることで、言葉を超えてつながることができる。それをきっかけに彼は新たな境遇を受け入れ、そこで仕事を全うしようとし始める。
価値観は多様化し、旧式の発想は受け入れられなくなっている。何をしてきたかではなく、これから何をするかが問われていく。この映画はある意味、「君たちはどう生きるか」の中高年版と言えるかもしれない。