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- ⓒ2023映画「シャイロックの子供たち」製作委員会
池井戸潤原作の銀行もの。外れない鉄板作品である。この作品はヴェニスの商人に登場する金貸し「シャイロック」になぞらえ、ある銀行を舞台に繰り広げられる事件を描いていく。金、金、金。そこらじゅう金。とにかく金の亡者みたいな人がどんどん登場する。大きな金を手にしたものが求めるものはさらなる金。一度不正に手を染めてしまえばあとはもう転落あるのみ。
銀行という組織の特殊性、その裏側を知っている池井戸潤ならではの複雑な展開。かなりブラックな職場環境で、まじめで善良な行員が疲弊し、不正に巻き込まれ、良心の呵責に苛まれ、傷ついていく。その裏で悪意ある金の亡者たちが暗躍する。
本作はある融資をめぐる不良債権問題を軸に、隠された陰謀を暴いていくようなサスペンスになっている。暴く側の核になるのは阿部サダヲ演じる課長代理。一応彼が主人公なのであろうが、周囲の人物も重要な役割を演じるため彼だけの物語ではない。小さな疑いを掘り下げていくうちに行き当たる意外な事実。他人に罪を着せて逃げ抜けようとする悪に一矢報いることはできるのか。
名優たちが個性豊かな芝居で見せるリアリティ。お金って本当に、怖いですね…。(映画ライター・ケン坊)
ケン坊がさらに語る!WEB限定おまけコラム
この記事には映画のネタバレが少々含まれているので、まだ映画を見ていない人はその点をご承知おきの上で読んでください。
冒頭、「ヴェニスの商人」の舞台シーンから始まる。タイトルにある「シャイロック」がどこからきているのか、その説明になるようなシーンだ。この舞台シーンを含めてプロローグは後半への伏線になっていて、ここに登場する人物はこの後しばらく登場しない。振り返ってみると、彼こそが主人公なのかもしれない。
事件はある銀行のそう大きくない支店で起こる。支店は融資実績を上げる必要があり、主に副支店長がなかなか伸びない業績に焦り、部下を叱責する。今の感覚からすると完全にブラックな職場である。支店の日常を描きながら、大小さまざまなエピソードが描かれる。このいろいろな規模の事件が巧みに絡み合ってラストに向けて収束していくのが池井戸潤の真骨頂であろう。一見無関係にちりばめられたいくつかのエピソードが次第に絡み合っていく。
良心を持ちながら大きな悪意に騙されて巻き込まれる行員。自らに非があるため反論もできない。彼に罪を擦り付けて逃げ抜けようとするさらなる巨悪。このからくりに気づいた課長代理が、真相を突き止めて本当の悪を懲らしめようとするのが本作の流れだ。やられたらやり返す。倍返しだ。どこかで聞いたセリフだ。不正を告発するのではなく、詐欺まがいの方法で痛い目に遭わせる。
この、巨悪の存在に気づいてから、そいつらを痛い目に遭わせよう、という流れが痛快だ。単に告発しようというのではなく、暴落するとわかっている物件を売りつける。これによってクライマックスの取引に異様な緊張感が生まれている。
金に飲まれてとっくに魂を失っている人。魂まで売りそうになったが踏みとどまっている人。手を染めたことを後悔し続けている人。それぞれの歯車が噛み合って回っている。誰がこの回転を止めるのか。どうやって止めるのか。弱みの握り合いで泥沼化した状況は、誰かが自らの保身を捨てなければ改善することができない。果たしてシャイロックを止められるのは誰か。
サスペンス的緊張感と、銀行を舞台にした仕事小説的側面を同時に楽しめる作品と言える。