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あまりにも長いタイトルは「エブエブ」と略すらしい。予告編に「マルチバース」という言葉が出てきたので完全にアベンジャーズシリーズの新しい作品だと早とちりしていたのだが全く関係ない作品であった。
本作にはドクター・ストレンジが開いたあのマルチバースと似たような発想の多元宇宙が登場するのだが、重なり合う別の宇宙にいる自分からスペシャルな能力をダウンロードするようにして戦う、というような話だ。なのに不思議と、とても身近な匂いを感じる。
人は誰しも、無数の選択をした結果として今を生きている。それぞれの分岐点で別の選択をした自分が別の宇宙を生きていて、その別の自分が持つ力を手に入れて強大な敵と戦う。あり得たかもしれない自分。もっと良い人生があったかもしれないという「たられば」。壮大なスケールの世界観を持ち込みながらある一つの家族を描き、誰でも心当たりがありそうな感覚を描いている。現実離れしたアクションでありながらごく日常的な人と人との交流を描いている。齟齬があり、衝突があり、そして愛がある。
際限なく広がるムチャクチャに大笑いしながら、いつの間にか何気ない今日が愛おしくなる。そんな映画だ。(映画ライター・ケン坊)
ケン坊がさらに語る!WEB限定おまけコラム
この記事には映画のネタバレが少々含まれているので、まだ映画を見ていない人はその点をご承知おきの上で読んでください。
カオス。まさにカオスという言葉がピッタリくるとめどないカオスだ。多元宇宙、マルチバースから別人格が入り乱れていろんなことになるわけだが、そのテンポがとても速い。あれよあれよと急展開するので理屈を考えている時間などない。あっという間に巻き込まれ、気づけばもう何が起きても許せるような状態になっている。そして思いつく限りのムチャクチャが展開される。ものすごい勢いでアクションが展開されるが、よくよく考えてみるとこのアクションは実は重要ではない。アクションシーンは目に楽しいという映画の要素に過ぎず、もっとずっと心の本質のところを描いている。しかも、描かれているのは複雑な状況でありながらとても身近な感覚で、おそらくこれは多くの人が共感するのではないだろうか。近い感覚に覚えがあるという人は少なくなかろうと思う。このごく身近な、誰もが持っていそうな感覚を、マルチバースを股にかけるアクションにしてしまうのが見事と言わざるを得ない。デタラメに大笑いしながら見ているうちに、何かとても言葉にするのが難しい感覚を共有したような気分になる。
主人公は娘を持つ母であり、実父の面倒を見る娘でもある。父と自分の関係を振り返り、自分と娘の関係を考える。自分には似てほしくないと思った娘は嫌になるほど自分に似ていたりする。独り立ちしようとする娘を見送らねばならないが、かといって絶縁するようなことになってもいけない。彼女には夫もあるが、関係は揺らぎつつある。愛がないわけではないのに、様々な状況がすれ違いを生んでいる。父と娘、夫と妻、そして娘と母。娘であり妻であり母でもある主人公がマルチバースを股にかけ、家族との距離感を見極めていく。このとてつもなく巨大な世界とごく近い人間関係を並べて描くという難題を、この映画は見事にまとめ上げ、なおかつ、そこに「笑い」という要素までちりばめてある。
ちょっとタダゴトではない映画だと思う。これはぜひ多くの人に見てもらいたい。