ふわっと玉子に包まれたなら
溢れる旨み、まろみと優しさ

夏の終わりを感じ始めた、お盆を目前に控えたとある日の午後。仕事は山積みだが、あと2日経てば休み。締切はすぐそこだが、その奥からは夏休みが手招きしている。現実から逃げるのは簡単なことだが、締切からは逃れられないのがサラリーマンの宿命。そんなヒリヒリしたスリルよりも、日焼けした肌の方がまだましだ。

どんな状況でも、常に余裕を見せておきたいのが仕事をする上での美学。忙しかろうが暑かろうが、汗を流すことはあっても、悟られないように振舞っていたい。時間がなかろうが、お腹は減る。こういう時こそゆったりと、優雅な気分でランチを楽しんでみようか。追い込まれてからの自分のパフォーマンスに、一縷の望みを賭けた。自家焙煎珈琲にこだわりのある同店だが、食事メニューの豊富さも人気の理由だろう。大人の余裕を漂わせるマダムたちを横目に、オムライスセット(1450円)を注文した。壁にはチョークアート、店内のBGMはジャズ。アートな空間に見惚れていると、店員さんの笑顔とともにオムライスが到着した。テーブルに着くやいなや、ふるっと揺れる姿にまた見惚れた。たっぷりとかかったケチャップがなんともうれしい。力を入れずともスプーンの重みだけで切れるようなやわらかさ、ふんわりとろとろの食感は、今の僕にとっては食事というよりもはや癒し。玉子のやさしさに包まれて、デザートまでじっくりと味わい、追い込まれるどころかこのまま眠りそうな気さえしてしまった。コーヒーを飲み干し、一息ついて店を後にした。

夕方になっても、まだ生ぬるい風が吹いている。夏は、まだ待ってくれているのかもしれない。少し膨れたお腹をさすり、余裕のなくなったベルトの穴をひとつだけ緩めた。(文／武山 勝哉)