- ©映画「鬼太郎誕生ゲゲゲの謎」製作委員会
昨年公開された『鬼太郎誕生 ゲゲゲの謎』の本当の姿、真正版である。R15指定とすることで本来表現したかった内容を盛り込んだものだそうだ。この物語のおぞましさを描くには、やはりこの表現が必要だと思わされた。その名に恥じない真正版であると言える。
ストーリーは水木しげる自身の書いていた鬼太郎誕生の物語とは異なるが、その精神はいささかも失われていない。戦時に振り回された欺瞞、戦後形を変えて蔓延した新たな欺瞞。復興からの過剰な経済的繁栄の裏で振りかざされた偽りの大義と美化された犠牲。嘘にまみれた日本社会の闇を抉り出す作品であった原作の意図を見事に汲み取り、芸術的なアニメーション技術でスクリーンに描き出す。
直視するのが辛いほどの地獄が描かれている。「ゲゲゲの鬼太郎」という作品に込められたメッセージとある種の願いが、何十年も先の未来であるはずの今、痛いほど刺さる。
この作品の怖さは表面的な残酷描写にあるわけではない。ここに描かれている地獄が、今の現実とほとんど変わらないことこそが本当の恐怖である。僕らは一歩も前進せず、この作品が憂いた世界を続けているのかもしれない。(映画ライター・ケン坊)
ケン坊がさらに語る!WEB限定おまけコラム
この記事には映画のネタバレが少々含まれているので、まだ映画を見ていない人はその点をご承知おきの上で読んでください。
戦争を経験した人が、戦後を生きて「戦地と何も変わらない」とさえ感じるような世界。戦後の性急すぎる復興と異常なほどの経済的発展。表向き晴れやかな発展として飾られた高度成長の陰で闇に葬られた地獄。犠牲は美化されて流され、格差を拡大した。軍人として戦地に赴いた経験を持つ作者、水木しげるさんは、戦時ではなく戦後に対して警鐘を鳴らした。鬼太郎は直接の反戦ではなく、戦後の闇を暴き出すことで間接的に戦時の理不尽を描く作品であったわけだが、本作はその戦後の地獄をより色濃く、直接的に暴き出す内容になっている。
おそらく残酷描写の増加により、真正版はR15指定となった。しかしこの作品の恐怖はそのような表面的な部分にはない。行われている行為やそれにまつわる言説のおぞましさを表現するのに、今回追加された描写が一役買っているのは間違いない。しかしそれらが一切なかったとしても、この作品が描いているおぞましさは変わらない。文字通り、弱者の血を吸って強者が潤う世界を描いている。資本主義の極限として極端な格差が生じ、完全に閉塞した状態に陥っている現在。この作品に描かれているのと全く同じことが、もっと巨大なスケールで現実に行われている。しかも、血を吸われている弱者の多くは、そのことに気づいてすらいない。
作中では、弱者の側に鬼太郎が加担してくれている。現実の僕らに、果たして鬼太郎は味方してくれるのだろうか。