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AIやロボティクスの技術が発達し、自ら死を選ぶ自由死という制度がある近未来を舞台にしたある種のSF作品である。母親が「大切な話がある」と言い残したまま自由死で死んでしまい、主人公はその母親をAIによるバーチャルフィギュアとして仮想空間に蘇らせる。どうして死んでしまったのかを知りたかっただけなのに、思ってもみない母の一面を知ることになる。
テクノロジーの面でわずかに未来を描いている物語ではあるものの、現実とそれほど離れていないためSF映画という印象ではない。むしろAIやアバターといったテクノロジーを道具にしてより「人間」の生の部分に迫る作品になっている。
母の本心を知りたいという動機から始まる物語ではあるが、格差の問題、オンラインコミュニケーションの問題、飽和コンテンツによって歪んでいく人間性などを抉り出す社会ドラマという色の方が濃く感じる。
主人公が母の本心に迫るという主軸でありながら、あらゆる登場人物の本心がわからない。どう思っているのか、なにを考えているのか、それは本心なのか。長く寝起きを共にしている家族のことさえ、本当はまったくわかっていないのかもしれない。(映画ライター・ケン坊)
ケン坊がさらに語る!WEB限定おまけコラム
この記事には映画のネタバレが少々含まれているので、まだ映画を見ていない人はその点をご承知おきの上で読んでください。
原作者の平野啓一郎は「分人主義」を唱え、個人の持つ多様性ということをテーマに作品を書き続けている。本作はそんな彼の分人主義を描いた名作の一つを元に映画化したものであるが、原作とはかなり大きく異なる。「本心」というタイトルは一見、死んでしまった母の本心のように見えるのだが、誰の本心もわからず、主人公の本心さえ、読者にはわからない。登場する人物それぞれをより丁寧に描き、誰のこともわからない、どの人物も、ある視点から見ただけでは、その視点に向けて見せている分人しか見えない。主人公にとって母であったその人は、息子に対しては母の顔を見せていたに過ぎない。同じことがあらゆる人物に対して言える。原作はこのような個々の人間の多面性を描きながら、AIの進歩によってより顕著になる格差の問題に着目し、問題提起するような内容になっている。
映画は描く人物を限定する代わりに、主人公がアバター代行サービスという仕事をするシーンを丁寧に描き、格差問題が抱える現代の闇に警鐘を鳴らす。資本主義の限界とAIの技術革新が同時に進行することでもたらされた危機的な経済格差。そこに少子高齢化社会における高齢者福祉の問題を持ち込み、自由死という制度によって死を選ぶ高齢者がアバター代行を使用して自らの終焉を演出する世界を描く。個々の問題はどれも重要であり、本作が訴えかける問題提起は重い。一方で、2時間の上映時間でこれらを全部詰め込んだためか、まとまりのなさが少々気になる。
最終的に主人公の本心はどこにあったのか、彼はいったいどうしたかったのか、なにを思っているのかわからないまま終わる。もちろんこの作品において「本心」がわからないというのは主題でもあり、主人公のそれさえわからないのである、という主張はわかる。しかしラストシーンを見て「けっきょくおまえは何がしたいんだよ」と思われる主人公は、やはりちょっと成功していると言えるのか微妙なところではないだろうか。