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人間模様を丁寧に描く、とても静かな恋愛映画である。安易に「恋愛映画」と書いたけれど、これはそんな安っぽいカテゴライズで括るにはもったいない映画だ。恋愛映画が好きな人にも、そうでない人にも見てほしい。
物語は主人公の女性が大学に入学したところから、約十年ほどを描いている。エピソードは主に恋愛を絡めて描かれるのだが、雑に言うと主な登場人物は二人の男と、それを取り巻く三人の女である。主人公はこの女のうちの一人だ。主にこの五人を中心にその周辺の人物も交えながら描いていくのだが、それぞれのキャラクターがとてもよくできていて実に面白い。燃えるような恋愛とか大きな起伏とかそういった目立ったエピソードは無く、静かに日常を描いていく。
一人一人がとても丁寧に描かれているのでどの人物もみんな魅力的に見えるし、後味がとても良い。いろいろなエピソードを経て寄り添ったり離れたりするのだが、嫌なシーンは一つもない。それぞれの人物がみんなそれぞれに頑張り、変わろうとし、時にから回ったりすれ違ったりしながら生きている。人とはかくも面倒な生き物であり、だからこそ、ステキだなと思える。これはそんな映画だ。(映画ライター・ケン坊)
ケン坊がさらに語る!WEB限定おまけコラム
この記事には映画のネタバレが少々含まれているので、まだ映画を見ていない人はその点をご承知おきの上で読んでください。
感情が揺さぶられて涙が止まらないとか、ずっと忘れられないような印象的なシーンがあるとか、そういうことは一切ない。たいした事件は起こらず、実際にありそうな日常が描かれている。それでいて、手元においておいてときどき思い出しては見たくなるような、そんな映画だった。
恋愛が描かれてはいるものの、どうしようもなく焦がれて大変だとかそういうことは一切ない。それぞれが穏やかに誰かを好きになり、ちょっとうんざりし、別の誰かになびいたり、でも忘れられなかったり、完全に離れてしまったのにまた思い出したり。大事件は起こらないけれど、日々の中で泣いたり笑ったり、怒ったり葛藤したり。それぞれが一生懸命で、少しずつ形の違う「真面目さ」を持っていて、ズレを抱えながら絡み合っている。この作品で特に良いのは、一人の男を巡る二人の女性、という構図が二組(主人公がどちらにも共通している)登場するのだけれど、その女性同士の間に絆が生まれ、ともすると渦中の男性との関係よりも深いつながりとして、女性同士の友情みたいなものが芽生えていく点だ。純愛ラブストーリーみたいな濃厚なものではなく、もっと良くも悪くも大人の、少しドライでありながらもある意味ピュアな関係が描かれている。
後半で描かれる、二人目の男性を巡った女性二人の会話に印象的な部分があった。二人ともその男性とうまくいかない、という文脈で、「わたしはスピードが、あなたはベクトルが違う」と言うのである。これはなるほどと思った。恋愛がうまくいく、いかないとか、その先の結婚がうまくいく、いかないという部分で、この感覚の揃い方の比較は実にうまいと感じた。同じ方向を向いていてもスピード感が違うと行き違いが生じるし、そもそも向いている方向が違うとどちらかが我慢しないと成立しない。この映画はそういう機微をとても丁寧に描いているので、細かいなんてこともないシーンの一つ一つが温かく心に残る。
余談だが、同じ原作者の別の映画「私にふさわしいホテル」に登場する作家、有森樹李が本作にもスピンオフで登場し、同作で有森樹李を演じていた女優ののんが出演している。本作で主演を務める橋本愛も同作に出ていたのだが、橋本愛の役どころは前の作品とは異なっているようだ。