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弱みを克服するか、強みを伸ばすか。教育でも、組織のマネジメントでも、自己研鑽でもしばしば考えさせられるテーマである。本作はCIAで暗号解読のスペシャリストとして働いている主人公が、テロリストに妻を殺されてしまい、その復讐のために立ち上がるという物語だ。
日光も届かない地下室に籠ってコンピュータに向かいっぱなしで仕事をしている主人公はおよそタフガイなどではなく、組織立って動いているテロリストのチームに復讐するなどとても無理そうだ。そもそも敵は世界を股にかけて動いているテロ組織であり、そんなものを相手にCIAとは言え007みたいなタフガイでもない彼がどうやって戦うのか。過去にもこういった私怨から復讐をする映画はたくさんあるが、いずれも主人公は一騎当千のランボーみたいな超人で、武装した集団を相手に無双するみたいなドンパチものがほとんどだった。本作の主人公はいったいどうやってテロリストたちと戦うのか。
一つとして無駄なシーンが無いほど張り巡らされた伏線と、タフガイではない自らの強みを最大限に発揮して強力な敵に挑む主人公から目が離せない。単なる復讐劇ではない後味を残す味わい深い作品だ。(映画ライター・ケン坊)
ケン坊がさらに語る!WEB限定おまけコラム
この記事には映画のネタバレが少々含まれているので、まだ映画を見ていない人はその点をご承知おきの上で読んでください。
冒頭、主人公の人となりや暮らしぶり、仕事の環境などを見せるいわゆるエスタブリッシュ・カットから始まるのだが、この前置きみたいな部分を含め、全編本筋に関係ないシーンが一切ない。すべての些細な一つ一つが伏線になっている。物語はぜんぜんタフガイじゃない暗号解読のスペシャリストがテロリストに復讐するという話で、一見勝ち目が無さそうなこの勝負に彼がどのように挑むのか、というのが見どころである。まず彼は、自らの弱みを克服する形でアプローチを試みる。すなわち、まったくやったことがないドンパチ技術を身につけ、真正面からテロリストに挑み、彼らを射殺するという方針を立てるわけだ。そのためにまず技術習得をする必要がある。ここで彼は上司をゆすり、CIA内のスペシャリストから訓練を受けるという約束を取り付ける。ここで登場する殺しのスペシャリストをローレンス・フィッシュバーンが演じている。長身でガタイも良い彼は見るからに強そうで、ラミ・マレック扮する主人公と並ぶと差が際立つ。この訓練によって彼はタフガイになるのかと言えばもちろんならない。が、いくつか受けた訓練の中で、爆弾の扱いに関しては才能を発揮する。
これはとても重要な点である。本作は基本的に、自分が不得手としている部分を克服するのではなく、得意なところを伸ばして成果につなげる、という話なのだが、不得手なことに挑戦した結果、自分の中にまだ見ぬ才能を発見した、という要素がここにあるのである。短所を埋めるよりも長所を伸ばせとはよく言われる方法論なのだが、短所も放置せずに改善を試みることで、新たな可能性を見出せるかもしれないのである。
彼はこの新たに発見した爆弾の扱いという長所と、そもそも持っていた聡明な頭脳を駆使し、歴戦のツワモノみたいなテロリストを一人また一人と葬って行く。
さらに、この復讐劇だけで終わることなく、途中から彼の目的は変化していく。この辺のストーリーの流れが実に見事で、作品の冒頭にあった細かいシーンが次々にリンクし、最終的に一続きの大きな流れを生み出している。単なる復讐劇に終始せず、深いテーマ性も相まってカタルシスだけではない後味を残す映画だと感じた。