
クイズ番組の決勝戦、パフォーマンスで魅せるタレント型の選手と、実直なクイズ研究家の選手が対決する。勝敗を決する最後の問題、タレント型選手がなんと問題文を一文字も聴くことなく正解して優勝する。当然これは物議を醸すこととなる。なぜ彼は一文字も問題を聴かずに正解できたのか。それを解くのが物語の主眼だ。
特殊な形の、ハウダニット型ミステリ作品であると言える。どうやって彼は正解することができたのか、という謎を解きながら、テレビのエンターテイメントについても掘り下げる。番組の演出家はなにを観客に届けようとしているのか。果たしてそこにインチキはあるのか。
トーナメント型のクイズバトルを戦うプレイヤーたちの交流や試合への挑み方等も垣間見られ、クイズ道とでも呼ぶべき求道的な姿勢に感銘を受ける。互いに切磋琢磨してきたライバルたちと、そこに彗星のように登場したスター。それぞれの人物も丁寧に描かれていて、単なる謎解きミステリーで終わらない深さがある。
この作品はクイズのことをあまり深く知らない人ほど、そうだったのかという驚きをたくさん味わうことができるだろう。ぜひこの謎解きに痺れてほしい。(映画ライター・ケン坊)
ケン坊がさらに語る!WEB限定おまけコラム
この記事には映画のネタバレが少々含まれているので、まだ映画を見ていない人はその点をご承知おきの上で読んでください。
クイズの問題文を一文字も聴かずに正解することは可能なのか。可能だとして、どうすればそんなことが可能になるのか。この作品はそこにエンターテイメントの「演出」を絡めて、実現可能なテクニックとして描き出すことに成功している。クイズ大会では通用しない方法が、クイズ番組に対しては有効になる。番組であることに注目して先を読んだスターは、エンターテイメントとしてのクイズ番組、そのクライマックスで何が求められているのかわかっていた。彼にとって問題は二択となり、その問題の冒頭の文字をアナウンサーの唇から読み取り、発音される直前に早押して正解することができた。あてずっぽうでもヤラセでもなく、確信をもって正解したのである。
このトリック、仕掛けを解くのが謎解きの核にあるのだが、作品が描いているのは「エンターテイメントにおいてどこまでが演出で、どこからインチキになるのか」という問いでもある。インチキだ、イカサマだ、ヤラセだ、と叫ぶ視聴者たちは一方で、演出されたエンターテイメントを欲している。盛り上がりを求めて番組を視聴するということは、演出されたものを期待しているという意味でもある。その演出がどこまで行くとインチキになるのか。
本作がよくできているのは、番組で出題された問題そのものが、二人の選手の攻防を拮抗させるために並べられていた、という点である。接戦が仕組まれていたのである。このようなことはエンターテイメントにおいては往々にしてあるだろう。片方の選手が他方を圧倒して一方的に勝利してしまっては、番組として成立しないからである。そして、この「演出」を読むことで、勝負が最終問題までもつれ込むことを事前に知り、さらに最終問題で何が期待されているのかを考えることで、どの問題が来るかを予想した。
実に良くできている。トリック自体も見事で、それを解いていく過程も面白い。クイズの世界、テレビの世界をそれぞれ垣間見ることもでき、そういう観点ではお仕事映画のようでもある。演出された世界を描く映画自体もまた演出されたもので、見せ方のうまさが随所に光っている。それもこれもみなエンターテイメントであることを改めて思わされる作品である。