
ひょんなことから一億円入りのバッグを拾っちゃった大学生の顛末、というような話なのだが、見せ方が凝っているので実に面白い。序盤、様々な境遇の人物がたくさん登場し、それぞれの状況が描かれる。とりあえずどの人もだいたいひどい状態にあり、現状をなんとかしたいという欲求を抱えている。これ、必ずしも金が欲しいわけではないのだが、金があれば現状をなんとかできそう、という気配がすべてを金への欲望に変化させてゆく。
本作はこの一見なんの関係もなさそうな人物たちの状況を追いかけ、それぞれがパズルのピースのように、あるべき物語の一部へと収まっていく様を描いている。ストーリーのパズル感はとても心地よく、そういう物語が好きな人にお勧めしたいところではあるのだが、暴力描写は血みどろスプラッタのオンパレードであり、ひどいことをした人物はもっとひどい目にあわされるという定番の流れになっている。物語が進めば進むほど暴力もエスカレートしていくので、そういう意味で観覧には注意が必要である。
凶悪な人が大勢登場する中、最も人のよさそうな憎めない主人公がはたしてどうなってしまうのか。彼の運命から目が離せない。(映画ライター・ケン坊)
ケン坊がさらに語る!WEB限定おまけコラム
この記事には映画のネタバレが少々含まれているので、まだ映画を見ていない人はその点をご承知おきの上で読んでください。
時系列に並べたらどうということはない物語を、エピソードを入れ替えることで新鮮に見せている。主人公がカバンを拾ったのは物語の終盤のエピソードなのだが、映画はこのシーンが最初にある。つまり主人公の拾ったカバンはどういうものなのか、という話を追いかけていく構造なのだが、そのような時間軸の操作が行われていることは後半になるまでわからない。ここがこの作品の面白さの核と言えるだろう。
一見どういう関係があるのかわからない多くのエピソードが断片的に提示される。関わってくる人物はそれなりに多いのにその関係がよくわからない。見ている我々は当然どこかで関連づいてくるだろうと想像しながら見ることになるのだが、この心理をうまく利用した演出になっていると言える。
バラバラに提示されていた要素が一本につながり、更には、この後ろに冒頭のシーンが来るのか、という時間の操作も終盤になって判明する。
この手の物語にありがちな展開なのだが、ひどい人物ほどひどい死に方をする、という定型に則っている。そこには意外性はなく、観客にとっては正しいカタルシスが得られる。善良な人には救いがもたらされるわけだが、ラストシーンの展開は、はたしてその後、あの金はどうなるのか、という疑問を残す。主人公は金が残っていることを知らず、認知症のばあさんのみがありかを知っている。ばあさんが亡くなる前にあの金のことを孫に伝えることはできるのか。物語はまだ終わっていないのである。